コラム「少年のように」

#05 「歌うたいのバラッド」



 オペラの公演が控えているので、休みの日はほぼ練習日となっています。特に自分は少年役をするので、4人の少年の歌や動きを合わせるための打ち合わせも入ってくるため、なんだかオペラ漬けって感じの日々です。でも、ま、余裕ぶっこいて練習時間以外は練習していないのでそれほどでもないのですが。
 今回は少年役を初めて演じる人もいるので打ち合わせも慎重です。舞台に一度でも参加していればなんとなく流れがわかっていたりするものですが、観たこともないと言われたので1から10まで教えています。ガッチガチに決めてしまうと自然な動きが出来ないので、いつもは「・・・そんな感じで!」と言って曖昧にしてしまうところもあるのですが、初めてな上に年齢に差があるので、どうなのかな?

 少年の練習をやっている間はいつも「次からはコーラスがいいな」と思ってしまいます。プレッシャーがなくなるし、本番中に雑事(セットを動かしたり袖で写真を撮ったり)をやることが自分の楽しみだったりするので、早く、少年を唄える子が来てくれればいいなと思います。

 唄うことは、とても楽しいことです。昔は、厳しい(?)チェックをされるのが嫌で唄うことが嫌いでしたが(身近に絶対音感の人がいると辛いです)、時間をかけてゆっくり鍛えれば唄えるようになるものですし、体全体を使って唄うとストレス発散にもなります。  しかし、いつもは楽しい歌でも、場合によっては自分の心を暗くする要因にもなってしまい、そのせいで唄うことが、というより「唄う場所へ行くこと」が嫌になってしまいます。なんだか今、その状態になりつつあって、心がとても疲れています。沈んだ心を浮上させるためにバラエティ番組を観て笑っています。


 嗚呼 唄うことは難しいことじゃない
 ただ声に身をまかせ 頭の中をからっぽにするだけ



 これは斉藤和義さんの「歌うたいのバラッド」という曲の冒頭の歌詞。この歌を聴いたとき、ちょっと泣きそうになりました。歌詞自体はラブソングにも取れるものなのですが、この冒頭の歌詞を目で追って歌を聴いて、いつも無駄な事を色々考えながら唄っている自分を思い出して、ダメだなと思ったりして。指導してもらっているときに「体を空っぽに」と言われますが、歌に載せて、その言葉を目にしたとき、そして唄い手の優しい声音を聴いて、心が落ち着きました。ヒットしたのもうなずけますね。

 そうは言っても、沈んだ心はそう簡単に浮上してくれません、気を紛らわしてもまた沈んで、どんどん自分の心が荒んで行くような感覚に陥ります。「自分は、何の為に唄っているのだろう」「何の為に舞台に立っているのだろう」と考え始めてしまいました。最初はただ楽しくてやっていたのに。


 今月末に、本番があります。どうなるのかまだ先が見えていなくて不安ですが、出来得ることを頑張ってやりたいと思います。失敗したら、その時はその時さ。・・・という気持ちでないとやっていけません。

 頑張ります!


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ドイツ巡演記念公演
オペラ「忘れられた少年−天正遣欧少年使節」
公演日:2010年11月28日(日)
会場:カトリックセンターホール(浦上天主堂前)
開演:14:00(30分前開場)
料金:一般¥2,000/高校生以下¥1,000/指定席¥3,000
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2010.10.10 結